文化・史跡

守り続けた時のたからもの

知らなかった!こんな歴史がつまっていた!

嘉穂益富城自然公園 ・ 益富城址

益富城自然公園

豊臣秀吉にまつわる一夜城伝説が残る益富城址。現在は、森林浴や野外観察、歴史探訪などができる原生林に覆われた自然公園になっており、春には桜も楽しめ、別名「城山」とも呼ばれています。

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嘉穂ふるさと交流館

嘉穂ふるさと交流外観

1Fでは歴史を感じる生活用具や農具類、2Fでは益富城址出土の瓦類など埋蔵文化財資料を展示しています。

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木造白衣観音坐像

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木造白衣観音坐像は、桧材の一木造で、高さは49.5㎝あります。室町時代頃の作品で、端整な顔立ちと衣をまとった姿が繊細に表現されています。元禄10年(1697)に補修された記録が、膝の裏にあります。足利尊氏が戦いに敗れて逃げる途中、下山田の山中に安置されていた本尊に祈願したと言われています。

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白馬山のバクチノキ

白馬山のバクチノキ

安国寺奥の院から白馬山頂上に至る南西斜面付近にあります。大樹2本の樹齢は400年を越えると考えられ、うち1本は胸高の周囲は2.6m、樹高約15mあります。バクチノキは、別名ハダカノキとも呼ばれますが、名の由来は、樹皮が剥け落ちる姿を「バクチに負けて肌にされる」に見立てて名づけられています。

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古高取抹茶碗

高取焼茶碗1

高取焼茶碗は、昭和43年(1968)、高取八山蟄居時代の目付奉行であった大庭源太夫夫妻の墓から発見されました。抹茶碗が2つ見つかっており、うち一つは、青なまこ釉がかかり、大きく量感があります(口径14.4㎝、高さ8.9㎝、高台径5.3㎝)。

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門前寺六地蔵塔

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六地蔵は、安国寺附寺六字の一つである門前寺の近くにあります。名前には、六道(地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上)に苦しむ人々を釈迦如来の化身である六体地蔵菩薩が救ってくれるという意味があります。

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聖トマス石像

聖トマス石像

聖トマス像は、砂岩を粗く加工し、線刻によって人形に作られています。司祭帽をかぶった神父と考えられ、胸部には斗桝(トマス)の記号が刻まれています。これは、イエス・キリストの弟子の一人、トマスを模ったものとされ、戦国時代に山田市から田川郡にかけて存在したキリシタンの信仰の一つとして考えられています。

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白馬山のムクロジ

ムクロジのキ

ムクロジのキは、白馬山奥の院より約50m先にあります。ムクロジは日本では中部以南の本州、四国、九州・沖縄に分布しています。山地に生息し、高さ15m以上になり、初夏の頃淡紅色の小さな花をつけます。白馬山のムクロジは幹周が4mを超えるものが幾つかあり、九州地方の中でも比較的大きなものが多いのが特徴です。

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国境石

国境石_山田

現在の国道322号線沿いの大谷口にあります。江戸時代、国境を示す石柱として国境石が、建てられました。現在の山田市は、筑前福岡藩に属しており、東部を豊前小倉藩と接していました。福岡藩嘉麻郡上山田村と小倉藩田川郡猪位金村との境界は、当時も論議の地でしたが、元禄年間に絵図を取り交わし決着をみたようです。

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不知火光五郎の旧墓碑

不知火光五郎の旧墓碑

相撲の不知火型土俵入りを生んだとされる不知火五郎は、明治時代の初め頃に活躍した横綱です。弘化4年(1847)、現在の山田市に生まれました。はじめ「山田川」、「山響」などの醜名で呼ばれていました。

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