嘉麻市の由来について

 九州における屯倉(みやけ)が安閑天皇の代に急激に設定されたのは、磐井の叛乱(527)と深い関係があるとされています。この事件の後に、鎌・穂波をはじめ、豊国(大分・福岡地方)火の国(佐賀・熊本地方)の屯倉がたくさん設定されていますが、これは、磐井の勢力下にあったものを大和朝廷の直接支配の屯倉にきりかえたものであろうと言われています。日本書紀巻18、安閑2年(535)安閑天皇の条に筑紫の穂波屯倉・鎌の屯倉等を置くと記されいます。その後、和銅6年(713)に諸国の郡郷名に好字を付けることが命令され、そのときに嘉麻の字があてられました。その後、明治29年(1896)に嘉麻郡、穂波郡が合併して嘉穂郡となるまで、およそ1,300年間は嘉麻郡でした。

 ※屯倉(ミヤケ)とは・・・ミヤケという呼称は、生産・所有の機能を持つ首長層の経営拠点・単位としての「ヤケ」(宅・家)に接頭語の「ミ」(御)をつけたもので、王権と貢納・奉仕関係を結んだヤケがミヤケとなります。また、ミヤケは「屯倉」の他、「宮家」「御宅」「三家」などと様々に漢字表記されましたが、このうち、「屯倉」はミヤケの倉に注目した表記、「宮家」は貢納・奉仕の拠点たる官衙(かんが)=役所を意味する表記とみられます。

(嘉麻市市制要覧2012、山田市誌、稲築町誌、碓井町誌、嘉穂町誌より抜粋)


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